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Guest House甲州屋 Koshuyaについて 

川端康成の小説「伊豆の踊り子」には下記のように甲州屋が登場します。

『甲州屋といふ木賃宿は下田の北口はいると直ぐだつた。私は藝人達の後から屋根裏のやうな二階へ通つた。天井がなく、街道に向つた窓際に坐ると、屋根裏が頭につかへるのだつた。』

『書飯から三時間と経たないうちに夕飯をすませて、私は一人下田の北へ橋を渡つた。下田富士に攀じ登つて港を眺めた。歸りに甲州屋へ寄つてみると、藝人達は鳥鍋で飯を食つてゐるところだつた。』

昭和文學全集 川端康成集より原文のまま。

 

豆州下田郷土資料館の芳野様よりご提供頂いた過去新聞の記事(平成11)によると、

『甲州屋の主人は幡野荒吉と言って、現主人の清治氏の先々代にあたり、若い頃、甲州から下田へやって来て旅人宿甲州屋を開業し、温顔のきっぷのいい御仁だった。私の父とは昵懇での間柄で、父の使いで行くと、長火鉢の前へ、ドカッとあぐらを書いて、色白の愛想のいい女将さんと長煙管で煙草喫っていた。そしてなにがしかの駄賃を貰うのが嬉しかった。そんなわけで童心時代の荒助おじさんの温情は、ことあるごとに思い出される。』

『甲州屋の位置は現在と同じだが、当時は玄関が広く、荒吉おじさんの座っていた左側の階段を上がると、天井の低い、十畳間位の中二階があって、奥へ細長い宿だった。羽島先生と訪れたときは、清治氏夫人が快く対応してくれて、昭和三十五年の火災で書き物など一切焼いてしまいましてといかにも残念そうにだった』(平成11年)豆州下田郷土資料館館長 佐藤小一郎氏記事より。

 

甲州屋の歴史についてあまり情報がなく、去年4月よりオープンしてから地元の方々が資料をお持ち頂き少しづつ結びつけております。何か少しでも甲州屋についてご存知の方がいましたら、お教え頂けると幸いです。

映画「伊豆の踊り子」での御宿甲州屋

映画「伊豆の踊り子」での御宿甲州屋

昭和35年以前の旅館甲州屋

昭和35年以後、火災後の旅館甲州屋

Guest House甲州屋 Koshuya現在

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